「愛」という言葉を使うと

なぜか人は

宗教と結びつけたがるようだ。









人がお金を求めるのも

人が人を求めるのも

人が物質を求めるのも








実際のところ

自分を「愛」で満たしたいがために

それを代わりのものとして必要としているだけなのだが








あまりにも

「愛」という表現はストレートすぎて

拒否反応が起こるようだ。









それが

「宗教?」って

自分が生きている世界とは別の世界の話にしようとする。









お盆休みにはお墓参り必須と

宗教にどっぷりハマっている日本人が

「それって宗教だよね」って

意味がわかんないですけどね。








それだけ

「愛」を語ることが

現代人にとってはなんだか気恥ずかしく

特別なものになっているのかもしれない。









ほんとは

大人も

無条件で愛されたいと思っているはず。








それに抵抗する気持ちがある人ほど

それを求めているのが現状で

愛が枯渇している人ほど

その言葉を避けようとする傾向がある。









子どもたちは

様々な行動を通して

純粋に「愛」を求めてくる。








彼らは

ストレートだ。







私たちも

純粋にもっと「愛」を求め

「愛」を表現していいのだと思う。








この世界は

「愛」でできていて

わたしたちも「愛」そのもの。










誤魔化しているから

歪んだ現実がやってくる。









「愛」はちゃんと手に入るところに

いつもあるからね。




























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